
時は、天正11年賎ヶ岳の合戦、ここ賎ヶ岳山麓大音の里に二十四軒の農家が点在していたといいます。弊店の祖(源内)もそのひとりだったと云われています。過去帳を繰って17代目が現在です。14代目源内は、賎ヶ岳の合戦に詳しく、又、風雅を好む人であったそうです。
当時、久邇宮天皇殿下が賎ヶ岳ご登頂の砌、名案内人として同導し合戦のもようをご説明申し上げ、以来この地に一茶を設け、時分時には湯漬けなどご馳走致しましたのが起源です。
「想古亭」の名も、その頃ご案内申し上げた文豪「徳富蘇峰」先生が命名下さったそうです。15代目の源内にも合戦記は語りつがれ、昭和13年頃高松宮殿下のご案内も相つとめさせて頂きました。17代現在も又、口伝を受け今に語り伝えています。
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